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東京地方裁判所 昭和34年(ヨ)2106号 判決 1960年8月31日

申請人 堀江一浦

被申請人 日本都市交通株式会社

主文

本件仮処分申請を却下する。

申請費用は、申請人の負担とする。

事実

申請人代理人は、「申請人が被申請人の従業員たる地位にあることを仮に定める。被申請人は申請人に対し、昭和三四年二月から本案判決が確定するまでの間、毎月二八日かぎり金二万三千五十三円を仮に支払うべし。」との裁判を求め、その申請の理由として、次のとおり述べた。

申請人は、昭和三三年五月一三日頃、期間を二カ月とする臨時雇の自動車運転手として被申請人にやとわれたのであるが、被申請人のやとい入れた臨時雇の自動車運転手は、被申請人の臨時従業員就業規則の第一条において「二カ月以内の期間を定めて会社と労働契約を締結した者」と定められてはいるが、特段の事情のないかぎり期間満了後もひきつづき雇傭される例となつていたところから、申請人も前記臨時雇傭の期間が満了した後同年七月一六日再び期間二カ月の臨時雇として被申請人にやとわれ、さらにその期間が満了する前の同年九月中旬頃被申請人と申請人との間に結ばれた契約に基いて、同月一六日以降は期間の定めなく自動車運転手として被申請人にやとわれることになつたのである。ところが申請人は、昭和三四年一月二八日、被申請人から被申請人の都合により解雇する旨の意思表示を受けた。

しかしながら被申請人のした右解雇の意思表示は、次の理由により無効である。

申請人は、被申請人にやとわれる前、他の会社に勤務していたとき組合活動を熱心にやつていたことがあるが、被申請人にやとわれる際、被申請人から、早く本雇になるためには労働組合に入つたり、組合活動をしたりすることはしない方がいいと注意されたのみならず、当時被申請人の営業課長であつた舟生恵一の紹介によつて被申請人にやとわれた手前もあつたので、被申請人の従業員の組織する日本都市交通労働組合にはもとより日本都市交通再建同盟にも親睦会にも加入せず、一日も早く本雇になる機会を待つていたのに、案に相違して最初の臨時雇傭の期間が満了しても申請人の希望は達せられなかつたのであるが、昭和三三年八月初旬頃親睦会への入会をすすめられ、舟生恵一に相談したところ、本雇になるためには入会した方がよいといわれたので、早速その手続をとつた。ところが同月三一日に開かれた同会と右再建同盟とを合同するための総会において申請人が副議長に推され、かつ、極力辞退したにもかかわらず、右合同の結果新たに組織された親睦会の筆頭幹事に選ばれると、翌日被申請人から申請人に対し、同年九月一五日に臨時雇の期間が満了したあとは再雇傭しない旨の通告があつたので、申請人は驚いて親睦会の筆頭幹事を辞任するほか同会をも退会した上、被申請人と交渉した結果、やつと同月一六日から前述のように期間の定めなく被申請人に雇傭されることになつたのである。その後同年一一月にも被申請人から申請人に解雇の意思表示がなされたが、申請人の抗議により撤回された。このようないきさつがあつた後、再度前述のように昭和三四年一月二八日被申請人から申請人に対して本件解雇の意思表示がなされるに至つたのである。叙上のような事情などにかんがみると、被申請人が本件解雇の意思表示をしたのは、被申請人において、組合活動の前歴があり、日本都市交通労働組合の島松委員長とも個人的に親しくしていた申請人が親睦会の中で次第に勢力を伸ばそうとする立場にあるものと考え、申請人が被申請人のとつた前述のような再度にわたる不当な取り扱いに抗議をしたりしたこともあつて、申請人を職場から排除しようとしたためであつて、なんら正当な理由のないものであるから、このような解雇の意思表示は、解雇権を濫用するものとして無効であるといわなければならない。

したがつて申請人は、被申請人から本件解雇の意思表示を受けた昭和三四年一月二八日以降においても被申請人の従業員たる地位を失つていないのである。

申請人は、右解雇の意思表示を受けた当時まで、被申請人から毎月二八日に一カ月平均二万三千五十三円の賃金の支払を受けていたが、右解雇の意思表示後被申請人からその従業員として取り扱われず、賃金の支払も停止されたため、妻と二人の子供(本件申請当時九才および五才)とのほか妻の母を扶養しつつ、生活費、教育費交通費および家賃など最低毎月二万八千円の支出を必要とする申請人の生活はたちまち困窮に陥つたのみならず、昭和三四年一月一三日には入院中の父親が死亡するなどのことがあつて支出がかさんだので、被申請人から支払を受ける賃金のみに頼つていた申請人の暮しは困難を極めているのである。

そこで申請人は、被申請人に対し雇傭関係の存在確認と賃金の支払を求める本案訴訟をおこすことにしているが、その判決が確定するまでとても待つことができないので、それまでの間、仮処分により被申請人の従業員たる地位にあることを仮に定めるとともに、賃金の仮払を求める必要がある。

申請人代理人は、以上のとおり述べた。(疎明省略)

被申請人代理人は、主文と同旨の裁判を求め、次のとおり答弁した。

申請人が昭和三三年五月一三日頃、期間を二ケ月とする臨時雇の自動車運転手として被申請人にやとわれ、同年七月一二日頃右期間が満了したこと、申請人が同月一六日に再び期間を二カ月とする臨時雇の自動車運転手として被申請人にやとわれ、同年九月一五日右期間が満了したこと、申請人が被申請人にやとわれる前の会社に勤務していた当時組合活動に熱心であつたこと、申請人が始めて被申請人にやとわれたのは当時被申請人の営業課長であつた舟生恵一の紹介によつたものであること、申請人の家族が妻と子供二人のほか妻の母の四人であること、被申請人が申請人をやとつていた当時における賃金の支払日が毎月二八日であつたことは、これを認めるが、申請人が主張するその余の事実はすべて否認する。被申請人は、申請人の主張するように申請人を昭和三三年九月一六日以降期間の定めのない臨時雇の自動車運転手としてやとつていたこともなければ、昭和三四年一月二八日に申請人に対し解雇の意思表示をしたこともない。

被申請人の雇傭する臨時従業員は、臨時雇の自動車運転手をも含めて被申請人の臨時従業員就業規則第一条において「二カ月以内の期間を定めて会社と労働契約を締結した者」と規定され、申請人の主張するごとく、特段の事情のないかぎり期間満了後もひきつづき当然雇傭される例となつているようなものではない。申請人についても、被申請人は、申請人の主張するとおり二回にわたる臨時雇傭を繰り返した後、昭和三三年九月二一日と同年一一月二九日にも、申請人を従前と同じく期間を二ケ月とする臨時雇の自動車運転手としてやとつたのであるが、それはいずれも被申請人の総務部長児玉光晴から当時特にその要請があつたことによるのである。ところで昭和三四年一月二八日に申請人と被申請人との間の最後の臨時雇傭の期間が満了するにあたり、被申請人は申請人に対し、爾後継続して申請人をやとう意思のないことをはつきりと告げたのであつて、かくして両者間の雇傭関係は期間満了により終了するに至つたのである。

叙上のとおりであるから、被申請人が申請人に対し解雇の意思表示をしたことのあることを前提として、その無効であることを理由とする本件仮処分申請は失当である。

なお、被申請人が申請人を雇傭中申請人に支払つていた賃金の昭和三四年一月二八日当時における一カ月平均額は二万八百九十七円であつた。

被申請人代理人は、以上のとおり述べた。(疎明省略)

理由

申請人と被申請人との間に昭和三三年五月一三日頃と同年七月一六日の二回にわたつて、被申請人において申請人を期間二カ月の臨時雇の自動車運転手としてやとう旨の雇傭契約が締結されたことおよびいかなる約旨の契約に基くものであるかはしばらく措くとして、少くとも昭和三四年一月二八日当時申請人と被申請人との間に雇傭関係の存在していたことは、いずれも当事者間に争いがない。

申請人は、右二回目の契約による雇傭期間が満了する前の同年九月中旬頃、被申請人と申請人との間に、同月一六日以降被申請人が申請人を期間の定めなく自動車の運転手として雇傭する旨の契約が結ばれた旨主張し、その本人尋問(昭和三四年四月七日の口頭弁論期日におけるもの)において、昭和三三年九月一六日以降申請人は、従前と異り、別に雇傭期間を限定されることもなく、また被申請人との間に改めて雇傭契約を結びなおすというようなことも一切なくして、被申請人から本件解雇の意思表示を受けた昭和三四年一月二八日当時までひきつづき自動車運転手として被申請人のため働いていた旨供述している。しかしながら右本人尋問の結果は、採用することができない。さらに真正にできたものであることに争いがなく、申請人本人尋問の結果(昭和三四年一一月五日の口頭弁論期日におけるもの)により申請人が被申請人から支払を受けた昭和三三年一〇月分、同年一一月分および昭和三四年一月分の賃金の明細書であることが認められる甲第二号証の一から三まで(甲第二号証の三に関して、申請人は、それが真正にできたものであることを認めた自白をその後に撤回したけれども、これを許すべき理由については疏明がない。)によると、右賃金の中にはいずれも「基本給」と名付けられたものが含まれていたことが認められるところ、証人山本記八は、被申請人がその雇傭する従業員に「基本給」と称するものを支給するのは、本採用者にかぎり、臨時採用者および試採用者に対してはその例がない旨証言しているけれども、真正にできたものであることについて争いがなく、証人高橋誠の証言および申請人本人尋問の結果(昭和三四年一一月五日の口頭弁論期日におけるもの)により被申請人から申請人に対して支払われた昭和三三年五月分、同年七月分および同年八月分の賃金の明細書であることが認められる甲第二号証の四および六から八までによると、右各賃金中にも「基本給」というものが計上されていたことが認められる(してみると証人山本記八の前掲証言は、的確な事実を述べたものとは解されない。)のであるが、前段において認定した事実からするときは、昭和三三年五月ないし八月当時申請人は、被申請人の臨時雇にかかる自動車運転手であつたことが明らかであるから、前述のように申請人が被申請人から支払を受けた昭和三三年一〇月分以後の賃金の中に「基本給」というものがあつたからといつて直ちに、当時申請人が被申請人に臨時雇としてでなくやとわれていたものと認めなければならないものではない。最後にまた、真正にできたものであることについて争いのない甲第三号証の一、三、五によると、被申請人の発行名義にかかる「青空」と題する定期刊行物中の人事異動記事欄に申請人に関して昭和三三年五月一三日の入社、同年七月一二日における契約解除(証人山本記八の証言により臨時雇傭期間の満了を意味するものであることが認められる。)および同年同月一六日の入社なる事項が掲載されているにもかかわらず、同年九月中の人事異動として申請人についてはなんらの記事も登載されていないことが認められるけれども、単にこの事実のみによつて同月中に申請人に関してなんらの人事異動がなかつたものと速断することはできない。そのほか申請人が昭和三三年九月一六日以降被申請人に期間の定めなく自動車運転手としてやとわれていたとの申請人の主張事実を認めるに足りる疏明はない。

かえつて真正にできたものであることについて争いのない乙第一号証、弁論の全趣旨により真正にできたものと認める乙第二号証から同第六号証まで、同第七号証の三、四、証人山本記八、同舟生恵一、同鴫原正之の各証言によると、昭和三三年五月当時失業中であつた申請人は、もと大洋興業株式会社に勤務していたときの同僚で、当時被申請人の営業課長をしていた舟生恵一に、他に適当な就職先が見つかるまで一時的な間でよいから被申請人にやとつてもらえるようにと斡旋を頼み、同人の口添えで同年同月一三日頃二カ月の臨時雇の自動車運転手として被申請人にやとわれたのであるが、二カ月の期間が満了しても他に就職することができなかつたところから、舟生恵一と被申請人の総務部長児玉光晴よりの要請もあつて、同年七月一六日から前同様二カ月の臨時雇として被申請人に再雇傭してもらつたこと(申請人が昭和三三年五月一三日頃と同年七月一六日の二回にわたり被申請人にそれぞれ二カ月の臨時雇の自動車運転手としてやとわれたことは、既述のとおり当事者間に争いがない。)、その後においても申請人が依然として就職口を得られなかつたため、申請人と被申請人との間には、臨時雇の期間が満了した都度、同年九月二一日と同年一一月二九日にそれぞれ従来どおりの臨時雇傭契約の締結が繰り返されたのであるが、最後の契約締結は、自動車運転手として一年中で最も稼ぎ高が多い反面、生計費その他の支出も一番かさむ年末年始を控えて、申請人が他に就職の目当てもないまま、被申請人の自動車運転手としての職をやめなければならないことになると、たちまち生活に困窮することが必定であつたところから、被申請人の従業員の組織する親睦会の会長鴫原正之、その斡事長染谷進治および申請人の所属する班の班長川村晧清らが右のような事情を具申して、被申請人に対し、もう二カ月間だけ申請人をやとつてやつてもらいたいと懇請した(当時舟生恵一は他の会社に転職していた。)ので被申請人も当初申請人をやとい入れたときの予期に反して意外に長く申請人をやとい続けて来た事情にはあつたけれども、申請人の当面する生活状態を一がいに無視するに忍びず、今度二カ月の雇傭期間が終了した場合には絶対に申請人について雇傭を継続する意思のないことを明言し、本人にもその点を十分納得させた上でなされたものであることを認めることができるのである。

してみると、申請人と被申請人との間における自動車運転手としての雇傭関係は、最後の臨時雇傭契約の期間すなわち昭和三三年一一月二九日から二カ月を経過するとともに当然に消滅するに至つたものといわざるを得ないのであつて、当時被申請人から申請人に対して解雇の意思表示のなされたことが仮にあつたとしても法律的には全く無意味なことをしたまでのことに過ぎず、もとより解雇権の濫用を云々する余地はなにもないのである。

したがつて、申請人と被申請人との間に昭和三四年一月二八日以降においても雇傭関係が存続していることを前提とする本件仮処分申請は、その被保全権利につき疏明がないことに帰するのみならず、本件のような仮処分申請を疏明にかわる保証をたてさせることによつて許容することも相当でないので、これを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 桑原正憲 駒田駿太郎 石田穰一)

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